私のアトピー診療歴

混迷 私が皮膚科医として駆け出しのころ、ちょうどステロイドバッシングの渦中、多くの皮膚科医も迷いに迷っていた時代でした。今から思えば迷わされた患者さんが根拠のない民間療法に走るのも無理からぬ状況でした。

標準治療の確立 混迷の時代を経てアトピーのガイドラインが作成され、ステロイド外用を必要十分にすることが、標準治療の柱と位置付けられたのは、「アトピー治療の現状」に述べた通りです。その枠組みの中では、ステロイド外用剤を、正しく安全に有効に使用することが処方医の責任であり、腕の見せ所といえます。十分な外用指導をすればかなり重症のアトピー性皮膚炎の患者さんでも多くは著明に改善し、少しのステロイドで良好な状態をキープすることができるようになります。

外用指導の難しさ 外用指導にはとても時間がかかり、十分な指導をすると、その後の患者さんの待ち時間が増えてお叱りを受けることは1度や2度ではありません。そして、現実には行き当たりばったりでいい加減な塗り方や不十分な使用量で重症化している患者さんが巷に溢れているのです。しかし私は、正しい外用をきちんと広める事こそ、皮膚科医の務めと考え、丁寧な外用指導に力を入れてきました。十分に時間をかけて具体的に詳細に、パンフレットなどを用意して指導します。多くは思い通りに改善し、とても喜んでいただけました。

私が、勤務医時代に外用指導に用いていた指導箋です。

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アトピー性皮膚炎の治療の歴史

なぜアトピー性皮膚炎を最初に語るのか?それは、アトピーの歴史と治療の現状を語る事が、大げさに言えば日本の皮膚科医療の現状を考える上で重要で、私の人生を変えた大きな原動力になったきっかけの一つでもあるからです。「アトピー性皮膚炎を根本的に体質から治したい。」これが、私が病院勤務医をやめてブログを書き始めた大きな原動力の一つです。

「アトピー性皮膚炎は体質だから治らない。一生薬がやめられない。」そう思っておられる患者さんとともに、大げさですが、アトピーで困らない世界を作りたいと思っています。

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ごあいさつ

30年以上皮膚科臨床医として生きてきました。

平成元年神戸大学医学部を卒業し、神戸大学附属病院に一年間勤務、その後、西脇市立西脇病院、加西市立加西病院、三田市民病院、西宮市立中央病院と、兵庫県の市民病院を歴任し、現職神鋼記念病院と、30年以上皮膚科医として勤務してきました。

その間多くの皮膚疾患の患者さんと出会い、患者さんとともに泣いたり笑ったりしながら過ごしています。私の生涯の仕事は、「目の前の患者さんに喜んでもらう事」と信じて、大きな病気にも小さな病気にも全力で向き合ってきました。

でも、どんなに治したいと思っても治らない病気があります。私の力量では無理なのか、と、より大きな病院を紹介しても、やっぱり治らないこともしばしば。まあ、人間の体にはまだまだわからない事がたくさんあるんだから、仕方がない、と思って納得していました。

そうした中で・・・・

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