栄養療法の保険診療での試み

医学部教育 患者さんに「食べ物は関係ありますか?」と尋ねられたとき、特に食習慣との関連が言われれていない疾患では、医師は「何でも食べてください。」とか、よくて「バランスよく食べましょう」と答えるのが極めて普通で「お菓子や甘いものは控えめに」と言えば上等です。皮膚科では、近頃は患者さん側からそう聞かれる頻度も減っているように思います。病気は薬で治すものという認識が強くなっているのです。最近やっと特に食習慣と関わりの深い生活習慣病に対する管理栄養士の栄養指導に保険点数が付くようになったところです。

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日本の医学部では「栄養」やそれと関連して疾患を考える授業などほんのちょっぴりです。「栄養」と言えば極端な欠乏症、「食物」と言えばアレルギーを起こす食べ物を除去する事しか教わらないのです。通常の医療が「食」を軽視して薬剤に頼るのも無理からぬことでしょう。余談ですが、日本では「医療」の下に「栄養」があるとイメージされ、栄養士さんの地位は医師の下のように思われているのが現状ですが、アメリカでは栄養士さんは医師と同等の地位と権利を持っていると言っても過言ではないようですよ。

食事調査 急性期病院の皮膚科には、「急性疾患」はもちろんですが、アトピー性皮膚炎に限らず、難治な慢性の皮膚疾患患者さんが次々と紹介されてきます。栄養療法を学びはじめた私は、慢性疾患の多くは免疫異常と関連があり、患者さんのほとんどが栄養療法の適応になると感じ始めました。そこで、治療に少しでも躓いているほぼすべての患者さんに日ごろの食事内容を尋ねるようになりました。わかったことは、皮膚疾患の治療に難渋する人の多くが、糖質過多、蛋白・野菜不足の食習慣であるという事でした。そこでほとんどの患者さんに、糖質を控えてタンパク質と野菜を積極的に食べる事、という指導を始めました。すると原因不明の慢性疾患が改善することが少なくはないのです。

腸内環境と免疫 腸には全身の免疫細胞のおよそ7割が存在すると言われ、「腸は免疫の要」と言われています。腸は食物という異物から有害な物質を排除し、有用な栄養素を吸収しなければなりません。「排泄」と「吸収」いう相反する働きを正しく行うには、有害か有益かを正しく判別するのはたらきが必要です。それが「免疫」です。腸は最前線でそれを日々行っているわけですから、免疫の要でなければならないのも納得できます。下図に書かれているほぼすべての細胞が免疫関連細胞の仲間です。

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アレルギーは無害な異物に過剰な免疫を発動させて起こりますし、自己免疫は自己の細胞を誤って攻撃する、いずれも免疫の異常です。また、正常な免疫が低下すると感染症やガンにかかりやすくなります。ですから日常遭遇する疾患の大半は「免疫異常」が関与しているといえます。さらに細胞の環境を良好に保つため必要不可欠な栄養素は腸から吸収されるのですから、ほぼすべての疾患で「腸内環境」の改善が重要と言える、と私は考えています。もちろん私の専門とする皮膚科の世界でも例外ではありません。

食事指導の進化 分子栄養学の学びを進めるにつれ、栄養バランスの良い食物を食べるとか栄養素を補充する事だけではなく、有害な食材や物質を避けることの重要性、食べた食物をしっかり消化して吸収させることや、腸内環境を改善することの重要性を知ります。そのためには胃腸を整える投薬や有害な食材の回避も必要です。

皮膚科で扱う疾患のほとんどは何らかの「免疫の異常」ですから、腸機能を改善させれば、アトピーをはじめとする難治な再発性の皮膚炎、抗アレルギー剤の効きにくい慢性蕁麻疹、繰り返す口唇ヘルペス、血管炎などが改善する症例を複数経験し、手ごたえをつかみました。

そこで、通常の治療に抵抗性の様々な疾患に対し腸内環境改善のための投薬や食事指導を試みてみることにしたわけです。普通の治療が効かなくて困っておられる患者さんなのですから、副作用の少ないサプリのような薬や漢方薬、食事指導という安全な治療を試すことは患者さんのメリットになりこそすれデメリットはないと信じて、現在たどり着いた自称「腸アプローチ」の指導内容が下記の通りです。いきなり実行するのはなかなか大変な事ですが、疾患が重症であるほど、ご本人が苦痛であればあるほど、患者さんは努力・がまんしてくれます。そして、その我慢も、症状の改善というご褒美があれば苦どころか快適になってくるんです。

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腸内環境を悪化させる要因の問診

・何を食べているか? 食事記録が有用。

・便秘や下痢をしていないか?

・ストレスや生活習慣は?

・抗生剤を頻回または長期に内服していないか?→腸内細菌叢への影響

・胃酸抑制剤(H2ブロッカー、PPI)を長期に内服していないか?

 →上部消化管での殺菌ができず腸内細菌に影響、未消化蛋白による悪影響、

亜鉛不足による善玉菌の低下

・鉄剤内服の有無→消化管の鉄過剰はカンジダ菌の増殖を招く

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腸内環境改善のための治療・指導

(症例により選択、可能な範囲で少しずつ)

・漢方薬:消化機能の改善を目的とした処方

・消化酵素剤の投与

・プレバイオティクス=野菜をよく摂ること(食物線維)、オリゴ糖

・プロバイオティクス=複数の乳酸菌や酪酸菌を摂る

  サプリの他 キムチ、ぬか漬けなど

  保険薬では ビオスリー(ラクトミン、酪酸菌、糖化菌)

・腸のエネルギー源:グルタミン(保険薬ではマーズレンS)、

          ビタミンA、D 非活性型のサプリ

・胃の酸性を保つ:食事中にレモン水、酢の物、梅干しなどを食べる。

  胃酸は重要  ペプシンを活性化しタンパクを分解、食物を殺菌、

         ミネラルをイオン化して吸収を促進するなど

  胃酸抑制剤の漫然投与のチェック

・砂糖制限:腸内悪玉細菌のエサ、糖化による細胞機能低下の原因になる。

・小麦(グルテン)、乳製品(カゼイン)の制限

   腸粘膜の微小損傷(リーキーガット)を起こしやすくする。

   ※結果、有害物質の吸収を促し、必須栄養素の吸収を阻害します。

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ミネラル不足になる盲点

・摂取不足

  コンビニ弁当や加工食品、パック野菜は食材中のミネラルが抜けている。

  糖質に偏り蛋白摂取が少ない人が案外多い。(蛋白食材にはミネラルが豊富)

  連作や農薬の使用で作物そのものの栄養価(ミネラル量を含む)が低下

・消化不良 

  胃酸の低下:ミネラルは胃酸でイオン化され、吸収しやすい形になる。

  胃酸抑制剤の長期投与に注意。

・吸収障害 

  抗生剤の多用、胃酸抑制剤、便秘などによる腸内環境破壊。

・需要増大

  アルコールや薬物:解毒に亜鉛が必須

  多忙や精神的ストレス、手術などの肉体的ストレス

  慢性炎症(腸の炎症、歯周病、副鼻腔炎、上咽頭炎など)

・排泄増加:ミネラルとくっついて腸から排泄してしまうもの 

  フィチン酸(玄米や豆など種実類に多い)、食物繊維の摂りすぎ

  食品添加物(高分子デキストリン、リン酸塩類)

・作用の阻害 重金属、カビ毒

  水銀:大型の魚類、海藻、アマルガム(昔の歯の詰め物)

  アルミニウム:缶詰、アルミ鍋、ベーキングパウダー

  マイコトキシン(空調のカビ、古い家、日当たりの悪い部屋) 

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さらに やはりそれでも上手くいかない患者さんはいらっしゃいます。それを何とかしたくて、また何とかする方法を自分なりに実行したくて、その時間と方法を手に入れるため、とうとう急性期病院を退職した私です。これからどうやって勉強し、診療していくのがベストなのか?今はもといた病院で週1回のアルバイトでくだんの治療を継続している患者さんを診察しながら考え、準備を進めているところです。

“栄養療法の保険診療での試み” への1件の返信

  1. こんばんは。
    早速読み始めました。

    私のこの全身の痛みが免疫疾患なら…
    腸の改革ですね。
    試してみたいです。

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