「がんでは死なないがん患者」

このタイトルは、藤田保健衛生大学教授(現 医療法人 尚徳会 ヨナハ総合病院院長)東口高志氏の著書(2016年発行)のタイトルである。

癌患者の多くが感染症でなくなっている。歩いて入院した人がなぜか退院時には歩けなくなっている。入院患者の3割は栄養不良。

ご存知ない方が見たらびっくりするような言葉が本のカバーや目次に次々と出てくる。

まず、癌患者さんに栄養を与えると癌が大きくなるという都市伝説を未だに信じている医療従事者が、末期の癌患者さんの診療に携わる緩和治療の専門家にもいるが、そんなことはない。栄養を摂らなくても、いえ、むしろ栄養が足りなくて患者の免疫が弱れば癌は大きくなるのだ!

癌患者さんに限りませんが、同じ栄養素を体に入れるならば、点滴より経管(チューブで流動食を消化管に注入する)、経管より経口(口から食べる)、つまり、より自然に近い方が効果が高いのは言うまでもありません。もし誤嚥(軌道に食べ物が入ってしまう)の心配があるならば、とろみをつけてごく少量から始めてほんの少しでもいいので口から食べ物を入れてあげましょう。消化管が動くためのエネルギーは消化管内の食べ物から直接得ているのです。

最も大事な栄養は、当然のことながら3大栄養素、つまりエネルギーの元となる栄養素、中でもエネルギー以外の様々な機能を果たすタンパク質です。体内で最も多いタンパク質であるアルブミンの量が少ない人ほど薬も効きにくく予後が悪いというデータは枚挙にいとまがありません。

ただし、食欲のないがん患者さんが効率よく栄養を摂取する事、癌細胞に栄養を奪われないで自分のエネルギー源とすることにはちょっとした工夫が必要です。がん細胞は糖をエネルギー源としているので、糖を癌に奪われないための栄養素が特に必要なのです。この本にはなぜそうなのかという理論が詳細に書かれています。

理論からじっくり学びたい方はぜひ実際に書籍を購入して読んでいただきたいですが、難しいことはともかく、実践したいという方のために栄養素を美味しく手軽に摂るための具体的な食材を中心に今日のブログを書くことにしました。

がん患者は肝機能、解毒能が低下していることが多いので、小麦や乳製品、砂糖など腸に刺激のある食べ物、添加物や重金属などの有害物質を含む食べ物は元気な人と同じかそれ以上に避けたほうが良いのは言うまでもありません。

意識して摂りたい栄養素は以下の通り。もちろんサプリメントで摂るのが手軽ですが、食べ物のほうが美味しくて楽しい!

・コエンザイムQ10:エネルギー産生に重要な栄養素。抗酸化作用も強い。肉、魚、野菜、ナッツなどに含まれる。鶏ハツなどはおすすめ。 

・L-カルニチン:脂肪のエネルギー化に必須。年齢と共に低下する。炭水化物の摂り過ぎはがん細胞を増殖させるので、脂質からエネルギーを得ることは重要。馬肉やラム肉、牛肉に豊富。 

・アミノ酸とくにBCAA:タンパク質の消化能力が低下している人はそれがすでに分解されたアミノ酸に近い形で摂取する必要がある。お勧めは何といってもボーンブロス(骨付き肉のスープ)と、小魚丸ごとの煮干しの粉(通称出し粉。イワシ、あごがお勧め)。出し粉の活用法は、一言で言えば「なんにでも混ぜる」。お味噌汁の出汁として投入、和え物にあえる、ご飯に混ぜる、卵焼きの味付けに、お湯に溶かして飲料として(梅干しなど入れると美味しく飲める。) など。 

・クエン酸:エネルギー回路を効率よく回すために必要。柑橘類、梅干し、大豆、パイナップルなどに多く含まれる。

・ GFO(グルタミン、水溶性食物繊維、オリゴ糖)腸機能の向上のために不可欠な栄養素 グルタミン:魚、ボーンブロス、   水溶性食物線維:野菜や海藻   オリゴ糖:バナナ、りんご

・抗酸化作用のある栄養素:コエンザイムQ10、ビタミンACE、亜鉛

・ビタミンD:の事はこの本にはあまり書かれていませんが、癌患者さんの血清ビタミンD濃度が有意に低いというデータは多数。ビタミンDは近年研究が急速に進み、多くの機能がわかっていますが、中でも免疫に非常に重要な役割を果たしています。

がん細胞は元気な人でも毎日約5000個できていると言われています。リンパ球などの免疫細胞が日々がん細胞を見つけては戦ってくれているのです。5000勝0敗なら癌にはなりません。しかし、免疫機能はストレスや加齢、栄養障害などによって低下し、時にがん細胞に負けてしまう事態が起こります。生き残ったがん細胞が増殖して塊を作り大きくなると、やがて内視鏡やレントゲンで見えるくらいに、さらには自覚症状が出現するのです。

癌拠点病院に長年勤務して日本のがん治療、病院の栄養管理の実態を知ったうえ、栄養療法を知ってしまった私にとって、内容的には「びっくり」するというより、「まさにそうです!よくぞ言ってくれている!!」(身の程知らずで偉そうですが(笑))というものでした。

感銘を受けたのは、その内容はもちろんの事、大学病院という大きな組織の第一線の診療のただ中で、日本で初めて全科型栄養サポートチーム(NST)という体制を作り、なおかつ、論文や書籍を執筆され栄養管理の重要性を世に示されているという事。なぜなら、私は急性期病院で栄養療法を実行しようとして、そのハードルの高さとそれを乗り越えるための体力の消耗に打ち勝てず、クリニックを開業したのですから・・・ちなみにNSTという言葉は今や全国の医療機関で浸透しているように見えますが、内情はと言えば、相変わらず栄養の基礎知識に乏しい医師が主導する、形だけの物が多いのが現状です。

人間、いや地球上の生物のだれしもが必ずいつかは死にます。これは避けようのない事実。現在の医療は「死=敗北」として、病気という敵をあくまでも取り除いたり攻撃して撲滅しようとします。医療が進んだとはいえ、癌は特に末期になると取り除くことが困難です。でも、最も強い本能である「食」をきちんと整える事で、癌と闘わずに穏やかに延命、もしくは延命は叶わずとも幸せに生を全うできるのではないか、そうする事こそ重要ではないか、と訴えられています。

治療法がないと言われ失意の中におられる患者さんやそのご家族に、癌と共存しながら元気に「生ききる」ため、ぜひ読んでいただきたい一冊です。

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