仕事もさることながら私生活がバタバタの今日この頃。というのも、再び同居し始めた姑のデイサービスや介護認定の面談など、仕事の合間の予定が目白押しとなってしまったのだ。ようやく一段落し、気が付いたら1か月もブログを更新していないではないか?
2017年に86歳で大動脈解離で入院、大動脈置換手術を受け、生死の境をさまよった挙句生還したわが夫の母。集中治療室を出たときには1㎜も体を動かすことができない状態。主治医からは術前に「寝たきりか良くて車椅子」と言われていた姑は、自力でトイレに行けるようになりたい一心で懸命のリハビリをし、何とか歩けてトイレに行けるくらい、奇跡的に回復した。
手術も術後管理もおそらく完璧で、救命して頂いたのは、主治医の先生の卓越した力量、現在西洋医学の力である。しかし、その後の回復はひとえに理学療法士さん、デイサービス、そして何より本人の頑張りのおかげと感服仕切り。そして・・・術後は寝たきり必定の86歳の高齢者にわずかな自己負担で高額な医療費をつぎ込んでくれる日本の医療制度、手厚い介護制度に感謝と同時に疑問の気持ちを持ってしまった。これは、国債という若者たちからの大きな借金で成り立っているのだぞ!
とはいえ、結果的に姑は生還しておまけの人生を楽しむことができた。退院後は我が家に引き取り、日々栄養を考えて食事を用意し、毎日楽しくおしゃべりし、どんどん元気になった姑は、徐々に住み慣れた自宅に帰りたがり、自宅と我が家を半々で過ごすようになり、1年前ごろからはほぼ自宅で一人で過ごし、週末だけ我が家で一緒に食事をするようになるまで回復した。
ところが、です。
コロナ禍で好きだった図書館や百貨店巡りをしなくなり、デイサービスも一時休止、そしてある日の事「老化現象が駆け足でやってきた。体がフラフラする。」と突然電話がかかってきた。急いで迎えに行くと確かに足取りは弱弱しいながら、おしゃべりはわりと元気にでき、呼吸や脈拍、頭も比較的しっかりしている。これは、栄養不足では?
その少し前から、足腰が急激に衰え、料理好きだった姑が「ご飯作るのが大義になってきてね、炊飯器も捨てたの。」と言って、生協の宅配で冷凍食品やパックごはんをせっせと買い込むようになっていた。「お母さんさえよければ、そろそろまたうちに来る?」と言っていた矢先。例の「新型栄養失調ではないか!!!?」
救出して我が家に着いても覇気がなく、いつもなら細かい変化にすぐ気が付いて指摘しないではいられず、私の行動をつぶさに観察して、何か出来そうな家事を私がしようとするとすかさず「そのくらいはしますよ」と言っていた姑が、直前に入れ替えた大きなウォーターサーバーに全く気付かない。食べ終わった食器も以前ならば私が運ぼうとすると「このくらいできます。」と言って少し不自由な足取りでも食器を運んでいた。なのに私がどんなに忙しく動き回っていようが、じっと椅子に腰かけたまま。
私としては、それ(自分が動くこと)は別にいいのだが・・やっぱり寄る年波には勝てないのか、いや、やはり何か異変が起こっているのだ!!
とはいえ、呼吸や脈拍、血圧には特に問題なく、特段命に係わる緊急事態ではないと判断して、ミネラル、ビタミンをしっかり摂れる食事を食べさせていると、なんと3日もすると「あら、浄水器変えたの?」と目ざとく気づき、私が机の上にほったらかしにしていた書類を見つけては「これ、必要なものじゃないの?」とか、私が出かける時間を気にして「もう出かける用意しはらな」とか、「今日はモカちゃん(愛犬)のお風呂の日でしょ。」とか言い始めた。食事の準備が整ってくると、箸置きにお箸をセットしたり、何か運ぶものはないかとお味噌汁をよそう私の後ろで待ち構えるようになった。(ひっくり返しそうで、汁物を運んでもらいたくないのだが。。。)
「お、元気になってきたな」と喜ぶ半面、ちょっと元気がなくて良い塩梅の運動・認知機能低下が少し懐かしい気もする今日この頃(笑)。
さらに最近、「ここのお食事をいただいていると、眼鏡なしで見えるようになって、編み物や本を読むのが楽しくなったわ。」と言ってくれた。おそらく脳の視覚野が活性化されたのだろう。うれしい。こんな素直な姑の運動・認知機能低下を懐かしがった心の狭い自分を反省した。
日々の栄養摂取の重要性を再認識する超身近な出来事でした。
これが、たまたまじゃないの?と思った方は、このブログを読んでくださる方の中にはいらっしゃらないと思いますが、さらに深めたい方には、消化器外科医 東口高志先生の書かれた『「がん」では死なない「がん患者」』がお勧めです!